生きた証 [乳がんなんて吹っ飛ばせ!]
先日、『ママが生きた証』というドラマを観ました。
妊娠中に乳がんのステージⅣと診断された女性が出産し亡くなるまでを描いたドラマで、テレビ朝日の構成作家さんとその奥様がモデルの、実話をもとにしたドラマです。
私自身が乳がん患者になってから初めて観る乳がんを扱ったドラマだったので、ドラマが意図したテーマ、例えば感動的な夫婦愛や精一杯生きる姿勢などよりも、ドラマのディティールの方が気になりました。
そういう意味では、突っ込み所が満載でした。
感動的なドラマだったのに、突っ込み所がありすぎてかえって白けてしまって、あまり感情移入できなかったのでした。
たとえば。
彼女の乳がんは私と同じHER2陽性タイプで、分子標的治療が行えるということだったんですが、分子標的薬は妊娠中の胎児に悪影響がある…当時の日本では出産するなら分子標的治療は行えない、出産するかあきらめるかを選択する・・・という場面がありました。
この分子標的薬、もう何度もブログで書いてますが、医薬品名は『ハーセプチン』と言います。
が、このドラマでは『パーセプチン』と言ってました。
最初に『パーセプチン』と聞いた時はあまりに衝撃的で、これまでハーセプチンだと思っていた私が間違っていたのか?と思って、思わず乳がんの本で確認したほど。
ドラマではその後もこの『パーセプチン』が連呼されたので、かなりの違和感がありました。
ドラマの最後の注釈で、『ドラマに登場する人名・医薬品名等は架空のものです』というテロップが流れて、初めて得心が。ハーセプチンはある特定の会社が販売している製品名なので、仮名にしなければならなかったのですねぇ。
ただ、一般的な人からすればそういう事情は分からないので、分子標的薬=パーセプチンと誤解してしまうのではないかなぁ~と思ったのでした。
もう一つ、ハーセプチンのことで疑問に思ったことが。
ハーセプチン治療をする中で、彼女の髪の毛が大量に抜ける場面がありました。その後の入院生活も脱毛を連想させる帽子姿でした。
ドラマの彼女は、乳がん診断を受けた時にすでにステージⅣで、妊娠している。
夫が主治医に治療方針を尋ねる場面があって、『ステージⅣでガンが遠隔転移している状態なので、手術も放射線もやりませんが、分子標的治療を行います・・・』という先生の説明があるんですが、当然、抗がん剤治療は胎児への影響があるため行われません。
なので、彼女はハーセプチンしかやっていないことになるはずなんですが、なぜ脱毛するのか・・・?という疑問。
ハーセプチンの副作用には、脱毛はほとんどないのです。あっても帽子を被らないといけない位の量ではないようです。
抗がん剤治療をせずハーセプチンだけなら、帽子はいらないはず・・・。
・・・多くのがん患者は抗がん剤治療を受けることが大半なので、がん患者=帽子頭というイメージがあるのかもしれません。
ドラマを作る人たちは、そういうイメージで簡単に帽子をかぶせたのかもしれないけど、少しでもがんの治療について知っている人にとっては、かなりの違和感があるのでした。
・・・でも、ドラマで彼女が被っていたニット帽、とってもかわいかったですけどね
他にもまだまだ突っ込み所がいっぱいで、感動的なお話なのに、残念なことに、ちょっと白けちゃいました。。。
それと、これはドラマの問題ではなくて、実話のエピソードに関することなんですが、どうしても『なんで?』と思うことがありました。
主人公の彼女は、妊娠の検査のついでに乳がん検査をしたようでした。そして、乳がんの検査結果についても、夫と母親と一緒に出産を担当する先生への挨拶のついでに聞きに行った・・・という展開でした。
乳がん検査で、マンモとエコー、そして針生検をやったと言ってました。マンモやエコーは一般的な検診でもやるけど、針生検をした時点で、乳がんであることが疑わしいと思うはずなんですけど。
ドラマでは、告知を受けるまでの彼女の心理的なことがほとんど描かれておらず、さっき書いたように、検査結果を聞くまでの不安感は全くないようでした。
そしてその場で、乳がんのステージⅣであることを告知される。患部は10センチの大きさで、乳房のほとんどを覆っている状態だと。。。
なんで、10センチもの大きさにもなっているのに、それまで気が付かなかったのか?ということ。
10センチというとかなりの大きさ。がんは癒着するので、そのくらいの大きさになれば、乳房を触ってもしこりではなくて、張ってるなとしか思えなかったのかもしれないですけど。
胸の小さい人はもともとぷよぷよした分が少ないので、分かりにくいのかなーとも思ったり。
でも確実に違和感はあったはずなのに・・・本人だけでなく、旦那さんだっておかしいと思わなかったのかなーと。
妊娠と重なって、胸の張りが妊娠によるものだと思ったのかもしれないですけど。
人間ドックとか婦人科検診とかの定期検診をやっていれば、もっと早く見つけられたんじゃないか?
などなど、なんだかあまりに無頓着な感じがしたのでした。
違和感のあり過ぎるドラマだったけど、ドラマが伝えたいテーマ、『生きた証』については考えさせられました。
子供を産むことで、自分が生きた証を残した女性。
私自身は子供を産まなかったので、子供を自分の生きた証とすることは出来ない。
だったら、何を生きた証とするのか。。。?
自分が死んだ後も残るもの。
私が生きていたことを、後に残る人たちに伝えていくものって?
色々考えているうちに、1つ思い当りました。それは、私が書いたもの。
例えば、今書いているブログだったり、日記だったり、何か小説みたいなものだったり。
他にもあるかな?
大阪のマンション、今使っているヴァイオリン、お金・・・
でもこれらは消費されるものなので、いつかはなくなるもの。
ずっと残るものという意味では、やっぱり書いたもの、かなぁ。
今読んでいる本も、作者はとっくの昔に亡くなっているものが多い。それでも優れた作品は時代を超えて多くの人に読み継がれている。
私が書くものは単なる駄文であって、広く世の中の人に読み継がれるものではないけど、せめて私を知っていた人には読んでもらえたら、と思うのでした。
以前このブログを本にしたことを書いたことがありますが、その本は世界に1冊しかなく、誰かに読んでもらうためではなく、将来の自分が読むために作ったのでした。
最近、ブログが本になって出版されることも多くなりましたが、それはそのブログの内容がとても楽しく、多くの人に読んでもらえる内容だからです。
私のブログは自分の考えを一方的に書き綴っているだけなので、エンターテイメント性も感動も何もないので、私以外の人が読んでも、全くつまらないものだと思います。
完全に自己満足な本ですが、でも、私が日頃考えたり体験したことが詰まっている、生きた証にはなっているのかなと。
私が死んだ後、誰も読むことはないのかもしれないけど。
ホントは、出来れば何か誰かに読んでもらえるような作品を書きたいとは思っているけど・・・夢のまた夢。
生きた証について、考えてみました。みなさんの生きた証って何ですか?
妊娠中に乳がんのステージⅣと診断された女性が出産し亡くなるまでを描いたドラマで、テレビ朝日の構成作家さんとその奥様がモデルの、実話をもとにしたドラマです。
私自身が乳がん患者になってから初めて観る乳がんを扱ったドラマだったので、ドラマが意図したテーマ、例えば感動的な夫婦愛や精一杯生きる姿勢などよりも、ドラマのディティールの方が気になりました。
そういう意味では、突っ込み所が満載でした。
感動的なドラマだったのに、突っ込み所がありすぎてかえって白けてしまって、あまり感情移入できなかったのでした。
たとえば。
彼女の乳がんは私と同じHER2陽性タイプで、分子標的治療が行えるということだったんですが、分子標的薬は妊娠中の胎児に悪影響がある…当時の日本では出産するなら分子標的治療は行えない、出産するかあきらめるかを選択する・・・という場面がありました。
この分子標的薬、もう何度もブログで書いてますが、医薬品名は『ハーセプチン』と言います。
が、このドラマでは『パーセプチン』と言ってました。
最初に『パーセプチン』と聞いた時はあまりに衝撃的で、これまでハーセプチンだと思っていた私が間違っていたのか?と思って、思わず乳がんの本で確認したほど。
ドラマではその後もこの『パーセプチン』が連呼されたので、かなりの違和感がありました。
ドラマの最後の注釈で、『ドラマに登場する人名・医薬品名等は架空のものです』というテロップが流れて、初めて得心が。ハーセプチンはある特定の会社が販売している製品名なので、仮名にしなければならなかったのですねぇ。
ただ、一般的な人からすればそういう事情は分からないので、分子標的薬=パーセプチンと誤解してしまうのではないかなぁ~と思ったのでした。
もう一つ、ハーセプチンのことで疑問に思ったことが。
ハーセプチン治療をする中で、彼女の髪の毛が大量に抜ける場面がありました。その後の入院生活も脱毛を連想させる帽子姿でした。
ドラマの彼女は、乳がん診断を受けた時にすでにステージⅣで、妊娠している。
夫が主治医に治療方針を尋ねる場面があって、『ステージⅣでガンが遠隔転移している状態なので、手術も放射線もやりませんが、分子標的治療を行います・・・』という先生の説明があるんですが、当然、抗がん剤治療は胎児への影響があるため行われません。
なので、彼女はハーセプチンしかやっていないことになるはずなんですが、なぜ脱毛するのか・・・?という疑問。
ハーセプチンの副作用には、脱毛はほとんどないのです。あっても帽子を被らないといけない位の量ではないようです。
抗がん剤治療をせずハーセプチンだけなら、帽子はいらないはず・・・。
・・・多くのがん患者は抗がん剤治療を受けることが大半なので、がん患者=帽子頭というイメージがあるのかもしれません。
ドラマを作る人たちは、そういうイメージで簡単に帽子をかぶせたのかもしれないけど、少しでもがんの治療について知っている人にとっては、かなりの違和感があるのでした。
・・・でも、ドラマで彼女が被っていたニット帽、とってもかわいかったですけどね
他にもまだまだ突っ込み所がいっぱいで、感動的なお話なのに、残念なことに、ちょっと白けちゃいました。。。
それと、これはドラマの問題ではなくて、実話のエピソードに関することなんですが、どうしても『なんで?』と思うことがありました。
主人公の彼女は、妊娠の検査のついでに乳がん検査をしたようでした。そして、乳がんの検査結果についても、夫と母親と一緒に出産を担当する先生への挨拶のついでに聞きに行った・・・という展開でした。
乳がん検査で、マンモとエコー、そして針生検をやったと言ってました。マンモやエコーは一般的な検診でもやるけど、針生検をした時点で、乳がんであることが疑わしいと思うはずなんですけど。
ドラマでは、告知を受けるまでの彼女の心理的なことがほとんど描かれておらず、さっき書いたように、検査結果を聞くまでの不安感は全くないようでした。
そしてその場で、乳がんのステージⅣであることを告知される。患部は10センチの大きさで、乳房のほとんどを覆っている状態だと。。。
なんで、10センチもの大きさにもなっているのに、それまで気が付かなかったのか?ということ。
10センチというとかなりの大きさ。がんは癒着するので、そのくらいの大きさになれば、乳房を触ってもしこりではなくて、張ってるなとしか思えなかったのかもしれないですけど。
胸の小さい人はもともとぷよぷよした分が少ないので、分かりにくいのかなーとも思ったり。
でも確実に違和感はあったはずなのに・・・本人だけでなく、旦那さんだっておかしいと思わなかったのかなーと。
妊娠と重なって、胸の張りが妊娠によるものだと思ったのかもしれないですけど。
人間ドックとか婦人科検診とかの定期検診をやっていれば、もっと早く見つけられたんじゃないか?
などなど、なんだかあまりに無頓着な感じがしたのでした。
違和感のあり過ぎるドラマだったけど、ドラマが伝えたいテーマ、『生きた証』については考えさせられました。
子供を産むことで、自分が生きた証を残した女性。
私自身は子供を産まなかったので、子供を自分の生きた証とすることは出来ない。
だったら、何を生きた証とするのか。。。?
自分が死んだ後も残るもの。
私が生きていたことを、後に残る人たちに伝えていくものって?
色々考えているうちに、1つ思い当りました。それは、私が書いたもの。
例えば、今書いているブログだったり、日記だったり、何か小説みたいなものだったり。
他にもあるかな?
大阪のマンション、今使っているヴァイオリン、お金・・・
でもこれらは消費されるものなので、いつかはなくなるもの。
ずっと残るものという意味では、やっぱり書いたもの、かなぁ。
今読んでいる本も、作者はとっくの昔に亡くなっているものが多い。それでも優れた作品は時代を超えて多くの人に読み継がれている。
私が書くものは単なる駄文であって、広く世の中の人に読み継がれるものではないけど、せめて私を知っていた人には読んでもらえたら、と思うのでした。
以前このブログを本にしたことを書いたことがありますが、その本は世界に1冊しかなく、誰かに読んでもらうためではなく、将来の自分が読むために作ったのでした。
最近、ブログが本になって出版されることも多くなりましたが、それはそのブログの内容がとても楽しく、多くの人に読んでもらえる内容だからです。
私のブログは自分の考えを一方的に書き綴っているだけなので、エンターテイメント性も感動も何もないので、私以外の人が読んでも、全くつまらないものだと思います。
完全に自己満足な本ですが、でも、私が日頃考えたり体験したことが詰まっている、生きた証にはなっているのかなと。
私が死んだ後、誰も読むことはないのかもしれないけど。
ホントは、出来れば何か誰かに読んでもらえるような作品を書きたいとは思っているけど・・・夢のまた夢。
生きた証について、考えてみました。みなさんの生きた証って何ですか?
2014-07-06 22:43
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僕もヴァイオリンを自身の活動に使っています。もともと、ヴァイオリンを路上で公開練習していたので、そちらが根付いて浜松路上ヴァイオリンとして根付いて5年余り。
生きた証も、若輩ながら常に考えています。
僕のヴァイオリンは安物ながらデザインアートカスタマイズした世界唯一の虎の子。
ヴァイオリンを手放して黄泉に行くより、自分の残り人生でいかに社会貢献していけるのか寝るも惜しんで常から考えています。
Filesという日本唯一の福祉系デザイン楽器ユニットが、僕の亡き後にどうなるのか。
そのFilesで共に活動してくれているミキの今後も僕が真剣に考えないといけない。
92歳の祖母も、8年前に乳ガンで左全摘しましたが、そんな祖母を最後に見送った日に報告したのが、ミキとの婚約でした。
by Files (2014-07-19 21:48)